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【うつ病・体験談①】ワンオペ×ワーママの私が休職するまでの話

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悩む人

ワーママになってから毎日がしんどい。涙が止まらない!これって、うつ病かな?

実際にうつ病になった人の体験談を聞きたい!

こういった疑問に答えます。

本記事の内容

  • ワンオペ×ワーママの私がうつ病になった原因10選
  • 夫婦ともに精神的に不安定になり、とても辛い日々を過ごした
さくら

この記事を書いている私は、2019年に男の子を出産。

1年の産休・育休を経て、2020年に時短勤務で復職。

その後、医者からうつ病と診断され、2020年12月から休職しています。

うつ病と診断された当時、自分がうつ病だったということに驚き、どうすればよいのか分かりませんでした。

そこで、うつ病になった人の体験談や治療方法をネットで何度も検索。その中でも、体験談を記録したブログはとても参考になりました。

最近、私の体調が少し落ち着いてきたので、私もうつ病になった体験談を書いてみることにしました。同じようにうつ病に悩む人の役に立てれば良いなと思います。

私がうつ病で休職するまでの話をシリーズもので順にご紹介していきます。

まず今回は、ワンオペ×ワーママの私がうつ病になった原因をお話しします。長文ですが、参考になると幸いです。

目次

ワンオペ×ワーママの私がうつ病になった原因10選

Mom

ワンオペ×ワーママの私がうつ病になった原因はこちらです。

  • 常に気を遣う!義実家での同居
  • 夫が義実家からの引っ越しを認めてくれなかった
  • 駅までバス。見知らぬ不便な場所での生活
  • 365日ワンオペ育児で孤独だった
  • 息子の平熱が高くて、保育園に預けられなかった
  • 人員削減!仕事が忙しすぎた
  • 育休中に資格試験に合格!しかし頑張りすぎた
  • コロナウィルスが流行した
  • 夫も精神的に不安定になってしまった
  • 同居を解消!しかし片道2時間の通勤スタート

順にお話ししてきます!

常に気を遣う!義実家での同居

2019年9月末、息子が生後5か月目になったタイミングで私は里帰りを終えて、私たち家族は義母、義祖母と完全同居を始めました。これがストレスの最大の原因でした。

都内6DKの1戸建ての2階にある3部屋を使わせてもらい、広さは十分。家賃は0円で光熱費の折半のみという好条件でした。

義母は仕事をしていて平日は会わないし、義祖母はずっと1階にいるので、最初はなんとかなると思っていました。

でも、義実家での同居はそんなに簡単なことではありませんでした。

お風呂、台所、玄関などは共用だったため、自分が使いたい時間に使えないことが多く、かなりストレスが溜まりました。

例えば、「0歳息子のお昼寝中に台所を使いたいのに使えない!」ということが何度もあり、とても辛かったです。

また、義母、義祖母から不要なアドバイスや育児方針などを押し付けられて、反論できなかったこともストレスとなりました。

さくら

朝は「おはようございます」から始まり、常に気を使う毎日。

まるで仕事のような緊張感。心が休まる暇がありませんでした。

夫が義実家からの引っ越しを認めてくれなかった

2019年11月、私は義実家で同居を始めて1か月後にはストレスが限界になりました。

そこで、夫に「引っ越したい!」と何度も伝えたものの、夫は「解決策を考えよう」の繰り返し。

私は息子の保育園が決定してしまうと、引っ越しが難しくなるため必死に「ここから出たい!」と夫に訴えました。

でも、家賃0円のメリットが大きいと考えた夫は、「引っ越しはできない」という意見のまま。

同居当初、「○○(私)が引っ越したい!と思ったら引っ越そう」と私の味方だった夫が、急に引っ越し反対派になったため、私は「なんで?」という気持ちでいっぱいでした。この時は本当に辛かったです。

その後も半年間にわたり、私が泣きながら夫に同居解消の交渉をしましたが、夫は引っ越しを認めてくれませんでした。

さくら

夫はフリーランスで働いており、当時は収入が高かったものの収入が不安定になる可能性があります。

そういった事情もあり、家賃0円で住めるのならここに住んでおきたい!という気持ちが強かったのだと思います。

駅までバス。見知らぬ不便な場所での生活

義実家は、駅からバスで15分の場所にあります。

駅から徒歩圏内の家にしか住んだことが無い私からすると、すごくストレスな場所でした。

全く見知らぬ土地で、息子を連れて歩いて行ける場所はスーパーと、100均、図書館、公園くらい・・。

育休中に0歳の息子を連れて、バスや電車で遠出する元気がなかったので、基本的には自宅周辺で毎日過ごしていました。

365日ワンオペ育児だったこともあり、毎日が単調で、孤独でつまらない・・と感じていました。

さくら

復職後はバス&電車通勤が始まったのですが、15分に1本しかこないバスにストレスを感じるようになりました。

365日ワンオペ育児で孤独だった

うつ病になるまでの1年7か月間、私は365日ワンオペ育児でした(里帰りの4か月間を除く)。

フリーランス&自宅で働く夫は、平日は寝る直前まで仕事。土日も1日中、仕事部屋に引きこもっていました。

平日も土日も、夫と息子が触れ合うのは1日10分程度。

土日は朝6時に息子が起きていたので、私は朝から大忙しでしたが、隣の部屋で寝ている夫はいつも10~11時頃に起きていました。

さくら

夫は「睡眠も仕事に必要」と主張していたので、私は夫に何も言えなくなりました。しかし、マイペースに行動できる夫を見るのは、羨ましくて・・正直とても辛かったです。

また、土日の午前中は、私は息子と2人で公園に行くのが日課となっていたのですが、公園に行くと親子連れでいっぱい。

夫婦そろっている家族や、父子で楽しんでいる様子を見るのがすごく辛かったです。

「私はいつも息子と2人きり。家族で過ごせてうらやましいなー。」といつも思っていました。

さくら

せめて「家族で過ごす時間を作ってほしい!」と夫に伝えました。

しかし、「仕事があるからできない」と断られてしまい、孤独感がどんどん増していきました。

息子の平熱が高くて、保育園に預けられなかった

保育園へ入園当初、1歳1か月の息子は平熱が高かったため、保育園にあまり通えませんでした。

というのも、息子の平熱は37.1~37.5度。

保育園では、37.5度を超えると「お休みorお迎え」が必要なのですが、平熱が高い息子は簡単に超えてしまいました。

しかし、お迎えに行くと「平熱に下がっているor帰宅すると平熱に下がる」の繰り返し・・。(帰宅後、息子は熱もなく、とても元気に過ごしていました。)

そんな状態が続き、入園から2か月間は、毎月【10日~】も休むことになってしまいました。

つまり、保育園&私が仕事に行けたのは週に2~3回・・。

夫は「仕事を休めない」と言うので、私が休む&早退を繰り返すことになりました。

職場にはとても迷惑をかけてしまい、上司からも注意されて辛かったです。

あまりにも平熱が高いので、息子の身体が心配で4つの病院に連れていき、血液検査・相談を繰り返しました。

結果、どの先生も「体温調整が苦手なようですね。血液検査の結果も体調も問題ないです。」ということだったので様子をみることになりました。

しかし、あまりにも保育園に通えないため、「職場に迷惑をかけている」という罪悪感が大きくなり、私は精神的に辛くなっていきました。

人員削減!仕事が忙しすぎた

続いて、仕事のストレスの話です。

復職して2か月目の終わりに、同じ仕事をしていた同僚が退職しました。

私の仕事は基本的に、フルタイム2人でチームになって仕事をしていたのですが、2時間時短勤務の私1人で全てをやることになってしまいました。

どう考えても無理があります・・。

当然、そのうち人が補充されると思っていましたが、上司からは「コスト削減のため、人は追加しないそうだ。一緒に頑張ろう。」と言われてしまいました。

結局、上司が仕事を覚えて、少し手伝ってくれたものの、フルタイム1.5人分の仕事を私1人でやることになりました。

さくら

上司に仕事を減らしてほしいと伝えましたが、ほんの少し負担が軽くなった程度・・。

元々、私は責任感が強いので、「頑張るしかない!」と思い、仕事に集中して取り組んでいましたが、心身ともに疲弊していきました。

育休中に資格試験に合格!しかし頑張りすぎた

これも原因だったかな・・と思うのは「資格の勉強を頑張りすぎた」ということです。

私は出産前から難しい資格の勉強を開始して、育休中に合格しよう!と思っていました。

というのも、出産前、育休中は時間があると思っていたのです。でも、現実は違いました。

365日ワンオペ育児でとにかく自分の時間がない・・。

育休中に勉強しようと思うと、自分の睡眠時間を減らすしか方法がありませんでした。

そのため、睡眠時間を削って毎晩勉強していました。これが良くなかったと今は思います。

さくら

無事に合格できたものの、慢性的な睡眠不足で私の心身は疲れてしまいました。

コロナウィルスが流行した

コロナウィルスが流行したことも原因の1つです。

最初に緊急事態宣言が出た2020年4月、育休中だった私と息子は、義母、義祖母と一緒に朝食をとることが日課となっていました。(←夫は寝ているので、いつもいません。)

義祖母が見ているTVからはコロナのニュースが聞こえてきて、それに対して愚痴を言う義母と義祖母。

その隣で、私と息子は静かにごはんを食べていました。

92歳の義祖母は「若者が外に出るからコロナウィルスが蔓延するのよ!私たちがこんなに我慢しているのに・・!」と愚痴をこぼしていました。

そして、私が外出するたびに「外は、人が出歩いているの?」と毎日のように質問してきました。

そんな日々が続いたため、次第に私は外出をためらうようになりました。

高齢の義祖母が感染したら命が危ない・・というのも心配でした。

結果、2020年3月半ばから2か月間、私と息子は外に出ずに自宅で引きこもって生活をするようになりました。

今考えると、2か月間も引きこもるなんて考えられないのですが・・・当時はそれが良い選択だと思っていました。頭がマヒしていたのです。

引きこもり生活が続き、精神的状態は徐々に不安定になっていきました。

さくら

コロナのせいで親や友人にも会えなくなり、育休&ワンオペ育児だった私はますます孤独を感じるようになりました。

夫も精神的に不安定になってしまった

2020年8月には、私のメンタルはさらに不安定になり毎日泣くようになりました。

私は夫に「何もかも全てが辛い。出産してからの生活は、99%がしんどい。」と何度も責めていました。

私の様子があまりにもおかしくなってきたため、夫と義母・義祖母で家族会議が行われました。

その結果、義実家での同居を解消し、引っ越すことになりました。最終的に、引っ越しは11月後半で決定。

夫は熱心に家を探してくれて、私を支えようと頑張っていました。

しかし2020年10月、私を支えてくれた夫が部屋にこもって寝込んでしまいました。

そして、「ごめん、体調が悪い。もう支えられない。○○(私)が泣いて辛い様子を見ているのが辛い。もう仕事ができなくなる。」と言い、それ以上は話ができる状態ではありませんでした。

そして、夫は大学生の頃にもらった心療内科の薬を近所の内科で処方してもらい、それを毎日飲むようになりました。

夫は1日中寝ている日が増えて、夫婦の会話がなくなりました。夫が辛そうな様子を見て、私も辛かったです。

私は誰にも頼れなくなってしまったことで、さらに不安感が増し、絶望的な気分になりました。

さくら

2020年10~11月、私は1人で子育てができる状態でなかったため、平日は保育園に通わせ、土日は毎週実家に帰り、息子の面倒をみてもらいました。

片道1時間半の距離を1泊2日で往復するのは大変でしたが、義実家にいたためベビーシッターを気軽に頼めず、自分の両親に頼るしか方法がありませんでした。

(しかし、頼りにしていた母が乳がんになったため、治療が開始する2020年12月以降は再び帰省を自粛することにしました。)

同居を解消!しかし片道2時間の通勤スタート

2020年11月半ば、同居を開始してから1年2か月、夫に交渉してから1年1か月後、ようやく義実家から引っ越せることになりました。

義実家は駅からバスで15分の場所だったのですが、とにかく不便だったことに加えて、義実家のことを思い出したくなかった私は「その場所から離れたい!」と思っていました。

夫も不便な場所に住む理由がなかったため、駅から徒歩5分の場所へ引っ越すことに。

しかし、保育園は義実家から徒歩2分の場所。すぐに転園ができなかったため、転園できるまでは息子をその保育園に連れていく必要がありました。

なので、まず毎朝6:47に最寄りのバス停から義実家近くのバス停まで、1歳の息子と一緒にバスに乗車。

そして、保育園に息子を預けて、再びバスに乗って駅まで戻り、電車に乗って会社へ向かうことになりました。

家を出て保育園に行って、最寄り駅に着くまでに片道45分。自宅から会社までだと片道2時間、往復4時間の通勤が始まりました。

夫は仕事と睡眠を優先していたため、送迎を手伝う気持ちは一切ありませんでした。

なので、私1人で必死に毎日の送迎を頑張りました。

さらに、朝も帰宅後もワンオペ育児。土日もワンオペ育児。そんな日々が3週間続き、私は精神的にますます追い込まれていきました。

さくら

最終的にはこれが引き金となり、精神状態がさらに悪化しました。

夫婦ともに精神的に不安定になり、とても辛い日々を過ごした

Mom

2020年6月~12月、こうしたストレスが重なり、私は毎日泣いて過ごしていました。

仕事中は、パソコン作業をしながら自然と涙が出てきてしまい、隠すのに必死でした。

上司や同僚に心配されないように、冷静を保とうとしていましたが、明らかに口数が減り、笑わなくなった私を見て、違和感を覚えた人もいたと思います。

仕事中だけでなく、通勤中、お風呂に入っている時、息子に読み聞かせをしている時、寝る時、夫と話している時など、いつでもどこでも涙が出てくる状態でした。

夫を泣いて責めることも多かったです。

自宅で「しんどい、しんどい・・」と泣き続けたり、過呼吸になっている私を見て、夫もとても辛かったと思います。

今考えると、私の精神状態は異常でした。

でも、当時の私は「心療内科へ行くほどではない。不器用なだけ。心療内科には行きたくない。」と思いながら過ごしていました。

その結果、そんな私を支えていた夫の精神状態も不安定になってしまい、夫婦ともに辛い日々を過ごすことになってしまいました。

さくら

今思うと、もっと早く心療内科へ行くべきだったと思います。

まとめ

Mom

記事のポイントをまとめます。

  • ワンオペ×ワーママの私がうつ病になった原因10選
  • 常に気を遣う!義実家での同居
  • 夫が義実家からの引っ越しを認めてくれなかった
  • 駅までバス。見知らぬ不便な場所での生活
  • 365日ワンオペ育児で孤独だった
  • 息子の平熱が高くて、保育園に預けられなかった
  • 人員削減!仕事が忙しすぎた
  • 育休中に資格試験に合格!しかし頑張りすぎた
  • コロナウィルスが流行した
  • 夫も精神的に不安定になってしまった
  • 同居を解消!しかし片道2時間の通勤スタート
  • 夫婦ともに精神的に不安定になり、とても辛い日々を過ごした
  • まとめ

ワンオペ×ワーママがうつ病になった原因についてまとめました。

振り返ると、2020年はストレス要因がありすぎて、かなり辛い日々を過ごしていました。

誰にも頼らず、1人で頑張り続けてしまいました。

もっと早く誰かに助けを求めればよかった、義実家から脱出すればよかった、夫婦で話し合えばよかった・・と思います。

次回は、私の具体的なうつ症状と、心療内科に行く&休職を決めるまでの経緯についてお話しします。

さくら

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

頑張るワーママにとって、この記事が少しでも参考になれば幸いです。

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